個人の家をみんなでつかう

写真の「大木と大岩の家」は沖縄での私の初仕事

風の気持ちよさを思いださせてくれた日曜日に

近所の工芸の作家さんやパン屋さんや歌うたいによる

小さな手作り市が行われました。

この家の設計中の話の中で

「公民館のような家になったら・・・・。」

と言う 施主の言葉を 思い出しました。

個人の家をみんなでつかうことのおもしろさ、

住宅が公共性をもつことの可能性、

プライベートな空間の窓がパカッと開き

パブリックなモノが、なだれこんでも

のんきに構えるこの家の「さま」を見て

設計者としてはうれしくなりました。

建築の用途に対する「ふところ深さ」について考えてみると

おもしろいかもしれません。

例えば、住宅として設計された家が喫茶店としてそのまま使っても

不自然に感じないこと、それを「ふところが深い」と言えます。

どう改装してもよい テナントビルの一室が

「ふところが深いですか?」と、問われてみると

「深くないです。」と答えたいものだなぁと思います。

スーパーカミオカンデはどうかと聞かれたら

「実は深いのですよ。」と答えてしまいたいです。

100年後にニュートリノをみながらお茶できる

カミオカンデカフェができていたら

楽しそうだからです。