原風景としての家

タイムス住宅新聞(2013・5・10)に

「原風景としての家」というタイトルで

エッセイのようなものを寄稿しました。

編集者からのお題は「家作りの前に・・・家とは?」でした。

許可を頂きましたので、転載します。

(以下 転載です。)

原風景と問われたら、どんなイメージをもつのでしょうか?

原風景を「現在の私を形づくる、最も根源的な記憶」とするならば、

美術館で昔見た一枚の絵画を思い浮かべる人もいるかもしれません、

テレビの旅行番組で見た、行ったことのない遠くの国の景色について語る人もいるかもしれません。

しかしながら、多くの人々にとって原風景とは、

自分が子供の頃に育った、町並みや自然、そして家のことについて思うのではないでしょうか?

しばらく、故郷を離れて生活した人が、久しぶりに実家に戻ります。

その帰路、変わっていない幼馴染の家に感心し、見覚えのない大きな店に、寂しさを覚えます。

車を寄せ、玄関を開けた瞬間、ある匂いを感じ、うずうずと身体全体で何かを思い出します。

「懐かしい」という感動は不思議なもので、

その家がお洒落でなくても、片付いてなくても、しみじみと響くものです。

建築は、原風景を発動させるスイッチであり、時間を表現します。

それが、建築の力の一つです。

起きる。着替える。食べる。・・・・・・。毎日の生活は、淡々としていて、些細なものです。

しかし、その中でしか見つけることのできない風景があります。

アラームより、早く目が覚めてしまった時に気づいた静けさのこと、

料理の手を止めて、ふと目に入った夕焼けに見とれてしまうこと。

暮らしの時々に触れる琴線は、そんな「些細さ」の積み重ねの上に思いがけず現れ、

いつのまにか、心の奥に積もります。

家づくりは、ローンや、法律、キッチンどうする?など、現実的な状況や判断をつきつけられ、右往左往しがちです。

しかしながら、そんな資産としての大人の家づくりとは裏腹に、

子供たちにとって家は、原風景のはじまりです。

そして、彼ら彼女らにはそれを選ぶことはできません。

「自身の原風景とは?」とりとめのない問いですが、

そこに家づくりのもうひとつのヒントが隠れているような気がしてなりません。